障害者施設では、利用者への支援に加えて、支援記録の作成や請求業務、職員同士の情報共有など、こなすべき事務作業が山のようにあります。「人手が足りないのに書類仕事ばかりが増えていく」「締め日が近づくと請求の準備に追われて、本来の支援に手が回らない」。そんな悩みを抱えている施設も多いのではないでしょうか。
こうした状況を変える手立てとして注目されているのが、施設のIT化です。とはいえ、「IT化と言われても何から始めればいいのか分からない」「専門知識がないと無理なのでは」と身構えてしまう方もいるかもしれません。
この記事では、障害者施設のIT化とは具体的に何を指すのか、どんな手順で進めればよいのか、そして実際に導入した施設がどう変わったのかを、できるだけ分かりやすく解説します。IT化の第一歩を踏み出すための参考にしてください。
Q1. 障害者施設のIT化とは何ですか?
これまで紙やExcelで手作業していた業務を、専用ソフトやデジタル機器に置き換えることです。手書きの支援記録をタブレット入力に変えるなど、手間な作業から少しずつ置き換えればよく、いきなり全部を変える必要はありません。
Q2. IT化はどう進めればよいですか?
6つのステップで進めます。①現状の課題を洗い出す、②目的とゴールを決める、③課題に合うツールを選ぶ、④通信環境や端末を整える、⑤小さく試して現場に浸透させる、⑥効果を振り返り改善・対象を広げる、という流れです。
Q3. IT化を成功させるコツは?
「小さく始め、現場を巻き込み、支え続ける」ことです。逆に「一斉導入・多機能・入れっぱなし」は失敗のもと。まずは無料のお試し期間を使い、負担の大きい業務から試して、合うと感じたら本格導入するのがおすすめです。
障害者施設のIT化とは紙とExcelの作業をデジタルに置き換えること

障害者施設のIT化と聞くと、何やら大がかりで難しいものを想像してしまうかもしれません。けれども、その中身はとてもシンプルです。ひとことで言えば、これまで紙やExcel(表計算ソフト)で手作業していた業務を、専用のソフトやデジタル機器に置き換えていくこと。それがIT化です。
たとえば、手書きで一枚ずつ記入していた支援記録を、タブレットでその場で入力できるようにする。月末に手作業で集計していた請求データを、日々の記録から自動でまとめられるようにする。職員同士の連絡を、申し送りノートからチャットアプリに切り替える。こうした一つひとつの置き換えが、すべてIT化に含まれます。
つまり、いきなり施設のすべてを変える必要はありません。「この作業が手間だな」と感じている部分から、少しずつデジタルに置き換えていけばよいのです。
IT化でよく使われる「ICT」や「DX」という言葉の意味
IT化について調べていると、「ICT」や「DX」といった言葉を目にすることがあります。どれも似たような場面で使われるため混乱しやすいのですが、それぞれ指している範囲が違います。最初に意味を整理しておきましょう。
- IT:パソコンやタブレットなどの機器、アプリといった「技術そのもの」を指す言葉
- ICT:そうした技術を使って情報をやり取りすること。情報の「共有」に重きを置いた言葉
- DX:デジタルを活用して、施設の運営のあり方そのものを変えていくこと
ITは「Information Technology(情報技術)」の略で、パソコンやスマートフォン、タブレットといった機器やアプリそのものを指します。手書きの記録をパソコンに打ち込んで電子化する、といった作業がIT化のイメージです。
ICTは「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略で、日本語では「情報通信技術」と訳されます。ITとほぼ同じ意味で使われることも多いものの、技術を使って情報を「やり取りする」という点に焦点を当てた言葉です。たとえば、タブレットで入力した記録を職員みんなが離れた場所から確認できるようにする。これはICTの活用にあたります。
DXは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、デジタル技術を使って施設の運営や働き方そのものを変えていくことを指します。ITやICTが「手段」だとすれば、DXはその先にある「目的」。記録業務を効率化して空いた時間を利用者支援に回す、その働き方を施設の当たり前にしていく、といった変化がDXにあたります。
とはいえ、最初からDXのような大きな変革を意識する必要はありません。まずは目の前の手間な作業をデジタルに置き換えるIT化から始めれば十分です。
障害者施設でIT化が求められている背景
なぜ今、障害者施設でIT化が注目されているのでしょうか。その背景には、業界全体が抱える深刻な人手不足があります。
障害福祉サービスを利用する人は年々増え続けている一方で、現場を支える職員の確保は追いついていないのが実情です。独立行政法人福祉医療機構の2023年の調査では、障害福祉サービス等の事業所を運営する法人のうち、半数を超える52.6%が「職員が不足している」と回答しています。多くの施設が、限られた人数でやりくりしている状況にあるわけです。
そこに追い打ちをかけるのが、年々増えていく事務作業です。支援計画書の作成や訓練内容の評価、日々の支援記録、サービスに応じた請求情報、職員の勤務表など、障害福祉サービスは残すべき情報が膨大で、とにかく情報の管理業務が忙しいという特徴があります。さらに、たびたびの制度改正にも対応しなければならず、現場の負担は増える一方です。
人手が足りないのに事務作業は減らない。この板挟みを解消する手段として、IT化による業務の効率化に期待が集まっているのです。職員を新しく雇うのは簡単ではありませんが、ITの力で一人ひとりの負担を軽くすれば、少ない人数でも無理なく施設を回していけるようになります。
「IT化」「ICT化」「DX化」の違いはデジタル化の範囲にある
先ほど言葉の意味を簡単に整理しましたが、ここではもう一歩踏み込んで、「IT化」「ICT化」「DX化」の3つがどう違うのかを見ていきます。3つの違いは、ずばりデジタル化する「範囲」の広さにあります。IT化がいちばん狭く、ICT化、DX化と進むにつれて、変わっていく範囲がだんだん広がっていくイメージを持つと分かりやすいでしょう。
それぞれを順番に説明していきます。
- IT化:手作業をデジタル機器に置き換えること
- ICT化:デジタル化した情報を、人や場所をまたいで共有すること
- DX化:デジタルを使って、施設の運営や働き方そのものを変えること
IT化は手作業をデジタル機器に置き換えること
IT化は、これまで人の手でやっていた作業を、パソコンやタブレットといったデジタル機器に置き換えることを指します。3つの中ではもっとも基本的で、取り組みやすい段階です。
たとえば、手書きで記入していた支援記録をパソコンに打ち込むようにする。これだけでも立派なIT化です。紙に書いていた頃と比べると、過去の記録を探したいときに目当ての情報をすぐに見つけられるようになり、同じ内容を何度も書き写す手間も省けます。紙やインクの消費を減らせるのも、地味ながら大きな利点です。
ポイントは、「これまで人がやっていた作業を機械に肩代わりしてもらう」という発想にあります。一つひとつの作業をデジタルに置き換えていく、その積み重ねがIT化の入り口になります。
ICT化はデジタル化した情報を共有すること
ICT化は、IT化で電子化した情報を、人や場所をまたいでやり取りできるようにする段階です。「Communication(通信・共有)」という言葉が入っている通り、情報の「共有」がカギになります。
支援記録をパソコンに打ち込むのがIT化だとすれば、その記録をタブレットやスマートフォンから、職員みんながどこにいても確認できるようにするのがICT化です。利用者の自宅へ訪問している職員も、施設にいる職員も、同じ情報をその場で見られる。離れていても情報がつながっている状態を作るわけです。
障害者施設の支援は、複数の職員がチームで協力して進めることがほとんどです。だからこそ、「誰がどんな支援をしたのか」「利用者の様子に変化はないか」といった情報を、いかにスムーズに共有できるかが支援の質を左右します。申し送りノートや口頭での伝達に頼っていると、伝え漏れや「言った・言わない」のトラブルが起こりがちですが、ICTを使えばそうしたリスクを減らせます。
DX化はデジタルで施設のあり方そのものを変えること
DX化は、3つの中でもっとも範囲が広く、めざすゴールにあたる段階です。ITやICTを使って業務を効率化するだけにとどまらず、施設の運営や働き方そのものを変えていくことを指します。
具体的に考えてみましょう。記録業務をICTで効率化すると、これまで事務作業に取られていた時間が空きます。その空いた時間を、利用者と向き合う支援に回す。さらに、そうした働き方を一時的なものではなく、施設の「当たり前」として根づかせていく。ここまで来てはじめてDX化と呼べます。
つまりDX化のねらいは、効率化そのものではありません。効率化によって生まれた余裕を、より質の高い支援や、職員が働きやすい職場づくりにつなげ、施設全体を一段上のかたちへと変えていくこと。それがDX化の本質です。残業の削減や紙のコスト削減といった経営面の改善にもつながり、他の施設との違いを生む強みにもなります。
ここで覚えておきたいのは、ITやICTはあくまで「手段」であり、DXは「目的」だという関係です。何でもかんでもデジタルに置き換えればよいわけではありません。「この作業を変えることで、施設はどう良くなるのか」を見定めながら進めることが大切です。
とはいえ、繰り返しになりますが、最初からDXのような大きな目標を掲げる必要はありません。まずは身近なIT化から一歩を踏み出し、少しずつ範囲を広げていけば、その先に自然とDXが見えてきます。
障害福祉施設にIT化が必要な理由
ここまでIT化の意味や種類を見てきましたが、「そうは言っても、今のやり方でなんとか回っているし」と感じている方もいるかもしれません。けれども、紙やExcelに頼った今のやり方には、見過ごせない負担が隠れています。ここでは、障害福祉施設にIT化が必要とされる理由を、3つの角度から見ていきましょう。
- 紙・Excel運用による非効率
- 国保連請求・加算計算の煩雑さ
- 事務業務そのものの負担の大きさ
紙・Excel運用による非効率
紙やExcelでの業務には、どうしても避けられない非効率がついて回ります。
まず、紙の記録は「同じことを何度も書く」手間が発生しがちです。たとえば、ある利用者について同じような内容を複数の書類に記入しなければならない場面では、一枚ずつ手書きで写していくことになります。コピーして使い回すといったことができないため、書く回数だけ時間が取られてしまうのです。
情報を探すのも一苦労です。過去の支援記録を確認したいとき、紙の場合はファイルをめくって目当てのページを探す必要があります。利用者の数が多ければ多いほど、この「探す時間」は積み重なっていきます。
Excelでの管理にも限界があります。ある程度の集計や一覧づくりには便利ですが、複数の職員が同時に編集すると最新版がどれか分からなくなったり、入力ミスや計算式の崩れに気づかないまま使い続けてしまったりといったトラブルが起きやすいものです。利用者の情報が増え、管理する項目が複雑になるほど、Excelだけで対応するのは難しくなっていきます。
こうした非効率は、一つひとつは小さくても、毎日積み重なると相当な時間のロスになります。その分、本来注力すべき利用者への支援に割ける時間が削られてしまうわけです。
国保連請求・加算計算の煩雑さ
障害福祉施設の事務作業の中でも、とりわけ手間がかかり、神経を使うのが請求業務です。
障害福祉サービスの費用は、その大部分が「国保連(国民健康保険団体連合会)」を通じて支払われます。国保連とは、施設が提供したサービスの費用を取りまとめて審査・支払いを行う機関のこと。施設はこの国保連に対して、毎月「どの利用者に、どんなサービスを、どれだけ提供したか」をまとめた請求データを送る必要があります。
この請求が、なかなか一筋縄ではいきません。紙の記録から一件ずつ情報を拾い、サービスごとに入力していく作業は、それだけで膨大な時間を要します。さらに厄介なのが「加算」の計算です。加算とは、一定の条件を満たした場合に基本の報酬に上乗せされる仕組みのことで、職員の配置や支援の内容など、さまざまな条件によって細かく決められています。どの加算が当てはまるのかを一つひとつ確認し、正しく計算するのは、慣れた担当者でも気を抜けない作業です。
そして、ここで入力ミスや計算間違いがあると、「返戻(へんれい)」といって請求が差し戻されてしまいます。返戻が起きると、原因を調べて修正し、もう一度請求し直すという余計な手間が発生します。施設の収入に直結する部分だけに、担当者にかかる心理的な負担も小さくありません。
IT化によって日々の支援記録と請求データがつながれば、記録から実績を自動で取り込めるようになり、入力の手間もミスも大きく減らせます。請求業務は、IT化の効果がもっとも実感しやすい分野のひとつといえるでしょう。
事務業務の負担
紙の非効率や請求の煩雑さに加えて、障害福祉施設では事務業務そのものが量・種類ともに多いという根本的な問題があります。
少し挙げるだけでも、利用者一人ひとりの支援計画書の作成、訓練内容の評価、日々の支援記録、サービスごとの請求情報、職員の勤務表づくりなど、残さなければならない書類は多岐にわたります。さらに、地域の関係機関や自治体、他の事業所と情報をやり取りする機会も多く、常に正確な情報を整えておく必要があります。
加えて、障害福祉の制度はたびたび見直されます。報酬の仕組みや加算の条件が変われば、その都度やり方を覚え直し、書類の様式を合わせていかなければなりません。こうした制度改正への対応も、現場の負担をじわじわと押し上げています。
問題なのは、こうした事務作業に追われるあまり、本来いちばん大切にすべき利用者への支援に手が回らなくなってしまうことです。職員が書類仕事に時間を取られれば取られるほど、利用者と向き合う時間は減り、支援の質も下がりかねません。
ただでさえ人手が足りない中で、事務作業ばかりが膨らんでいく。この悪循環を断ち切るために、IT化による効率化が欠かせないのです。空いた時間を支援に振り向けられれば、利用者にとっても職員にとっても、よりよい施設へと近づいていきます。
障害者施設のIT化を進める6つのステップ

IT化の必要性は分かっても、「実際にどう進めればいいのか」が見えないと、なかなか一歩を踏み出せないものです。やみくもにツールを導入しても、現場が使いこなせず宝の持ち腐れになってしまうことも少なくありません。
そこで、IT化を無理なく着実に進めるための手順を、6つのステップに分けて紹介します。一つずつ順を追って進めることで、トラブルを避けながらスムーズに導入できます。
- 現状の課題を洗い出す
- IT化の目的とゴールを決める
- 対象業務に合うツール・システムを選ぶ
- 通信環境・端末などの土台を整える
- 小さく試して現場に使い方を浸透させる
- 効果を振り返り改善・対象を広げる
現状の課題を洗い出す
最初にやるべきは、ツール選びでも機器の購入でもありません。まずは今の施設が抱えている問題や課題を、できるだけはっきりさせることです。
「どの業務に時間がかかっているのか」「職員がストレスを感じているのはどの作業か」「ミスが起きやすいのはどこか」。こうした点を、現場の声を聞きながら一つずつ書き出していきます。請求業務に毎月追われているのか、職員間の情報共有がうまくいっていないのか、記録の二度手間が発生しているのか。施設によって、つまずいているポイントは違います。
課題がはっきりすれば、「どこをデジタルに置き換えればいちばん効果が大きいか」が自然と見えてきます。逆に、ここを曖昧にしたまま進めてしまうと、必要のないツールを導入してしまったり、いちばん困っている部分が改善されなかったりといった失敗につながります。地味な作業に見えますが、IT化の成否を左右するもっとも大切な一歩です。
IT化の目的とゴールを決める
課題が見えたら、次は「何のためにIT化するのか」という目的と、「どうなれば成功といえるのか」というゴールを決めます。
たとえば「請求業務にかかる時間を半分に減らす」「月末の残業をなくす」「職員同士の情報共有をスムーズにして伝え漏れを防ぐ」といったように、できるだけ具体的に設定するのがコツです。目的がはっきりしていれば、後でツールを選ぶときの判断基準になりますし、導入後に「本当に効果があったのか」を確かめるものさしにもなります。
ここで意識したいのが、「効率化そのもの」をゴールにしないことです。作業が速くなった先に、空いた時間で何を実現したいのか。利用者と向き合う時間を増やしたいのか、職員の負担を減らして働きやすくしたいのか。その「先の目的」まで描いておくと、IT化がぶれずに進みます。
対象業務に合うツール・システムを選ぶ
目的とゴールが決まったら、いよいよそれを実現するためのツールやシステムを選びます。
ここで大切なのは、「評判がいいから」「機能が多いから」という理由だけで選ばないことです。あくまで、最初に洗い出した課題を解決できるかどうかを基準にします。請求業務の負担を減らしたいなら請求機能が充実したソフトを、情報共有を改善したいなら共有のしやすさを重視する、といった具合です。
選ぶ際には、現場で実際に使う職員の声を聞くことも欠かせません。どんなに高機能でも、現場の職員にとって操作が難しければ使われなくなってしまいます。タブレットやスマートフォンから手軽に使えるか、画面が分かりやすいか、困ったときのサポート体制は整っているか。こうした「使いやすさ」や「支えてくれる体制」も、機能と同じくらい重視して選びましょう。
通信環境・端末などの土台を整える
ツールを決めたら、それを動かすための土台、つまり通信環境や端末を整えます。
どんなに優れたソフトでも、それを使うためのインターネット環境やタブレット、パソコンといった機器がそろっていなければ力を発揮できません。施設内でWi-Fi(無線でインターネットにつなぐ仕組み)が安定して使えるか、職員が使う端末は足りているか。こうした基盤の部分を事前に確認し、必要に応じて準備しておきます。
あわせて考えておきたいのが、情報を守る仕組みです。利用者の個人情報をデジタルで扱う以上、外部に漏れないよう対策しておく必要があります。誰がどの情報にアクセスできるかのルールを決めたり、端末の取り扱い方を取り決めたりして、安心して使える環境を整えておきましょう。土台がしっかりしていれば、導入後のトラブルもぐっと減ります。
小さく試して現場に使い方を浸透させる
準備が整っても、いきなり施設のすべての業務を一度に切り替えるのはおすすめできません。まずは一部の業務や一部の職員から小さく試してみるのが、失敗しないコツです。
小さく始めれば、もし不具合や使いにくい点が見つかっても、影響を最小限に抑えられます。実際に使ってみてはじめて気づく課題もあるので、その都度やり方を調整しながら進められるのも利点です。
そして、この段階でとても大切なのが、現場への「使い方の浸透」です。新しいツールに不慣れな職員もいるので、操作の説明会を開いたり、習熟度に合わせて丁寧に教えたりして、誰もが無理なく使えるようサポートします。「導入したのに誰も使わない」という事態を避けるためにも、現場が安心して使い始められる雰囲気づくりを心がけましょう。
効果を振り返り改善・対象を広げる
最後のステップは、導入した効果を振り返ることです。ここで終わりにせず、結果を確かめてこそIT化は実を結びます。
ステップ2で決めた目的やゴールに照らして、「本当に業務時間は減ったのか」「職員の負担は軽くなったのか」を確認します。作業時間の変化だけでなく、職員の残業状況や、心理的な負担がどう変わったかなど、いろいろな角度から見てみるとよいでしょう。導入の前後を比べられるよう、あらかじめ記録を取っておくと振り返りがしやすくなります。
もし思ったような効果が出ていなければ、使い方を見直したり、別の方法を検討したりと改善を重ねます。逆にうまくいっているなら、次は他の業務へとIT化の対象を広げていきます。
IT化は、一度やって終わりではありません。試して、振り返って、改善する。この繰り返しを通じて、施設に合ったかたちへと少しずつ育てていくものです。この小さな積み重ねが、やがて施設全体のあり方を変えるDXへとつながっていきます。
IT化が「失敗する施設」と「定着する施設」の特徴

同じようにIT化に取り組んでも、うまく根づく施設と、せっかく導入したのに使われなくなってしまう施設があります。その分かれ目は、ツールの良し悪しよりも、むしろ「進め方」にあることがほとんどです。ここでは、失敗してしまう施設と定着する施設、それぞれの特徴を見比べてみましょう。両者の違いを知っておけば、自分の施設が同じ落とし穴にはまるのを防げます。
IT化が失敗する施設は「一斉導入・多機能・入れっぱなし」
IT化がうまくいかない施設には、いくつか共通したパターンがあります。それが「一斉導入」「多機能」「入れっぱなし」の3つです。
まず「一斉導入」。気合いを入れて、施設のすべての業務を一度にデジタルへ切り替えようとするケースです。意気込みは立派ですが、現場が一気の変化についていけず、混乱が広がってしまいます。慣れない作業が大量に押し寄せれば、職員は疲弊し、「前のやり方のほうがよかった」という空気が生まれかねません。
次に「多機能」。「せっかく導入するなら、機能はたくさんあったほうがお得だろう」と、あれもこれもできるツールを選んでしまうパターンです。ところが、機能が多いほど操作は複雑になり、現場の職員が使いこなせなくなります。結局、ほとんどの機能が使われないまま、ただ料金だけを払い続けることになりがちです。
そして「入れっぱなし」。導入したことで満足してしまい、その後の振り返りや改善をしないケースです。導入直後はうまくいかない部分が出てくるのが普通ですが、放っておけば不満がたまり、いつのまにか誰も使わなくなってしまいます。「入れて終わり」では、IT化は決して根づきません。
これら3つに共通するのは、「現場の実情を置き去りにしている」という点です。施設の都合や勢いだけで進めてしまうと、IT化はうまくいかないのです。
定着する施設は「小さく始めて・現場を巻き込み・支え続ける」
一方、IT化がしっかり根づく施設は、失敗する施設とは正反対の進め方をしています。キーワードは「小さく始める」「現場を巻き込む」「支え続ける」の3つです。
「小さく始める」とは、いきなり全部を変えようとせず、まずは一部の業務や一部の職員から試してみることです。小さく始めれば、問題が起きても影響は限られますし、実際に使ってみて分かった課題を一つずつ直しながら進められます。成功の手応えを少しずつ積み重ねていくことで、現場も前向きに受け入れやすくなります。
「現場を巻き込む」とは、ツール選びの段階から実際に使う職員の声を聞き、一緒に進めていくことです。上の判断だけで決めたものを押しつけられると、現場はどうしても受け身になりがちです。けれども、自分たちの意見が反映されていれば、「自分ごと」として取り組んでもらえます。何に困っていて、どんな機能があれば助かるのか。現場の声こそが、IT化を成功に導く道しるべになります。
「支え続ける」とは、導入したら終わりにせず、使い方のサポートを続けることです。操作に不慣れな職員には丁寧に教え、困ったときにすぐ相談できる体制を整えておく。さらに、導入後も定期的に効果を振り返り、よりよいかたちへと改善を重ねていきます。こうして手をかけ続けることで、IT化は施設にしっかり根を張っていきます。
つまり、定着する施設に共通しているのは、つねに「現場とともに進める」という姿勢です。IT化はツールを入れることがゴールではなく、現場の職員が無理なく使い続けられてはじめて意味を持ちます。焦らず、現場に寄り添いながら一歩ずつ進めること。それが、IT化を成功させるいちばんの近道です。
IT化にかかる費用と、活用できる補助金・助成金
IT化を検討するとき、どうしても気になるのが費用の問題です。「いくらかかるのか分からないから踏み出せない」という方も多いのではないでしょうか。ここでは、IT化にかかる費用の中身と、その負担を軽くしてくれる補助金・助成金について整理します。使える制度をうまく活用すれば、思っているより手の届く範囲で始められることもあります。
IT化にかかる費用の種類
IT化にかかる費用は、大きく「初期費用」と「ランニング費用」の2つに分けられます。初期費用は導入するときに一度だけかかる費用、ランニング費用は使い続けるあいだ継続してかかる費用のことです。それぞれの中身を見ておきましょう。
| 費用の種類 | 内容 | 目安の考え方 |
|---|---|---|
| 初期費用 | 端末(タブレット・パソコン)、初期設定、通信環境の整備 | ツールによっては初期費用が0円のサービスもある |
| ランニング費用 | 月額利用料、保守・サポート費 | 職員数や施設単位など、料金体系はサービスによって異なる |
初期費用には、タブレットやパソコンといった機器の購入費、ソフトを使えるようにするための初期設定、Wi-Fiなどの通信環境を整える費用が含まれます。ただし、サービスによっては初期費用が0円のものもあるため、すべてのケースで大きな初期投資が必要になるわけではありません。
ランニング費用は、毎月かかる利用料が中心です。これに、システムを安定して使い続けるための保守やサポートの費用が加わることもあります。料金の決まり方はサービスによってさまざまで、職員の人数で決まるものもあれば、施設ごとの定額になっているものもあります。
費用を見るときは、初期費用の安さだけに目を向けず、長く使い続けたときに月々いくらかかるのかまで含めて考えることが大切です。
IT化に活用できる補助金・助成金
IT化にかかる費用は、国や自治体の補助金・助成金を使うことで軽くできる場合があります。代表的な制度を2つ紹介します。
| 制度 | 主な対象 | 特徴 | 確認先 |
|---|---|---|---|
| IT導入補助金 | ITツールの導入費 | 全国共通の国の制度。補助の対象となるツールに指定がある | IT導入補助金 公式サイト |
| ICT導入モデル事業 | 障害福祉分野のICT機器・ソフトなど | 自治体ごとに実施。補助の金額や期間が異なる | 各自治体(都道府県・市区町村)の福祉担当部署 |
ひとつめの「IT導入補助金」は、国が中小企業や小規模事業者を対象に行っている制度で、ITツールの導入にかかる費用の一部を補助してくれます。全国どこでも使える共通の制度ですが、補助の対象となるツールがあらかじめ決められている点には注意が必要です。導入したいソフトが対象に入っているかどうか、事前に確認しておきましょう。詳しい条件や申請方法は、IT導入補助金の公式サイトで確認できます。
ふたつめの「ICT導入モデル事業」は、障害福祉の分野に特化して、各自治体が実施している補助制度です。ICT機器やソフトの導入を後押しするもので、補助の金額や対象となる期間は自治体ごとに異なります。お住まいの都道府県や市区町村が独自に行っていることが多いため、お近くの福祉担当部署に問い合わせてみるとよいでしょう。
これらの制度は、申請に期限があったり、条件を満たす必要があったりします。「使えたはずなのに申請しそびれた」とならないよう、IT化を検討し始めた早い段階で、自分の施設が使える制度がないかを調べておくことをおすすめします。補助金をうまく活用できれば、費用面のハードルはぐっと下がります。
障害福祉施設のIT化・導入事例3選
ここまでIT化の進め方や費用について見てきましたが、「実際に導入した施設はどう変わったのか」が気になるところでしょう。理屈だけでなく、具体的な事例を知ることで、自分の施設に置き換えてイメージしやすくなります。
ここでは、実際にIT化に取り組んだ3つの施設の事例を紹介します。それぞれ抱えていた課題も導入したものも異なるので、自分の施設に近いケースを探しながら読んでみてください。
- スマホ・音声入力を導入し職員の入力時間を短縮した事例
- タブレット・業務支援システムを導入し特定職員への負荷を軽減した事例
- 感染対策を機にICTを導入し、継続的支援と業務効率化を両立した事例
スマホ・音声入力を導入し職員の入力時間を短縮した事例
ひとつめは、パソコンが苦手な職員でも記録をスムーズに残せるようにした事例です。
この施設では、パソコンに不慣れなパート職員が多く、パソコンでの入力業務に時間と手間がかかっていました。慣れない操作に手こずるうえ、文字の大きさや枠の幅といった書式を整える作業にも気を取られ、本来の記録に集中しづらい状況だったのです。
そこで取り入れたのが、2つの工夫です。ひとつは、記録をスマートフォンからも入力できるシステムの導入。もうひとつは、ヘッドセットを使った音声入力の仕組みです。声で話した内容がそのまま文字になるため、キーボードを打つのが苦手な職員でも記録を残しやすくなりました。
導入後は、フォントや文字の大きさ、枠の幅といった書式を調整する手間がなくなり、必要な事項だけを記入すればよくなりました。その結果、支援を終えたあとの事務処理にかかる時間も短縮されています。パソコン操作のハードルが下がったことで、職員の負担が大きく軽くなった事例といえます。
出典:厚生労働省「障害福祉サービス事業所における生産性向上に関する調査研究」P12(https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000654236.pdf)
タブレット・業務支援システムを導入し特定職員への負荷を軽減した事例
ふたつめは、一部の職員に集中していた事務作業の負担を、みんなで分散できるようにした事例です。富山県のICT導入モデル事業に取り組んだ、特定非営利活動法人b-らいふの「b-らいふ・きゃんぱす」のケースを紹介します。
この施設では、職員の数に対してパソコンの台数が足りていませんでした。そのため、支援記録などの作成が、パソコンを使える一部の職員に集中してしまっていたのです。さらに、すべての資料を印刷した様式に手書きしていたため、大量の用紙が必要になるという課題もありました。
そこでこの施設は、ノートパソコン5台を各事業所や出張所に配置し、クラウド上で使える障害福祉向けの業務支援システムを導入しました。クラウドとは、インターネットを通じてデータやソフトを利用できる仕組みのこと。あわせて、システムを使うためのタブレット8台も用意しています。
導入後は、タイムカードや作業時間、支援日誌、業務日誌といった利用者の各種情報をシステムでまとめて管理できるようになりました。手書きと印刷に頼っていた頃と比べて用紙の使用量は大幅に減り、職員2〜3名あたり1台というパソコン環境が整ったことで、特定の職員に負担が偏る状況も解消されています。
出典:富山県「障害福祉分野のICT導入モデル事業における導入事例等について」(事例1 b-らいふ・きゃんぱす)(https://www.pref.toyama.jp/documents/41140/b-life.pdf)
感染対策を機にICTを導入し、継続的支援と業務効率化を両立した事例
みっつめは、感染症対策をきっかけにICTを取り入れ、支援の質を保ちながら業務の効率化も実現した事例です。令和3年度の熊本県のICT導入モデル事業に取り組んだ、特定非営利活動法人Cuore riccoの「児童発達支援ぷらんた」のケースを見ていきましょう。
この施設は、児童発達支援や放課後等デイサービスを手がけており、いくつもの課題を抱えていました。タブレットの性能が足りず、人と人との距離を保った親子療育が難しいこと。長く施設に来られない方が孤立しないよう支え続けることが困難なこと。Wi-Fi環境が不十分で、会議や研修、保護者向けの勉強会を円滑に行えないこと。パソコンの台数が足りず、記録や教材づくりに待ち時間が生じること。さらに、保護者への連絡が紙と口頭に頼っていたため、感染のリスクもありました。
これらを解決するため、パソコン5台、タブレット1台、Wi-Fiの電波を届きやすくする中継器1台を導入。親子を別の部屋に分けた療育や、療育の様子を動画で配信する取り組み、会議や研修・保護者勉強会のオンライン化、配布資料や集金の電子化などを進めました。
導入によって、支援の質と業務の効率の両面で成果が出ています。質の面では、離れた場所からの親子別室療育や、一人ひとりに合わせた療育動画の配信、電話相談などを通じて、親子に寄り添った継続的な支援ができるようになりました。会議の頻度や研修を受ける職員の数も増え、保護者勉強会もオンラインで開けるようになっています。
効率の面では、職員の事務作業が1日あたり平均30分短縮され、紙の使用量はおよそ25%削減。会議や研修を事務所内でオンライン参加できるようになったことで、移動の時間も減りました。
注目したいのは、定着までの工夫です。導入当初は、すべての職員がスムーズに使いこなせたわけではなく、根づくまでに時間がかかったといいます。そこで、役割を分担したり、誰でも使いやすいソフトを取り入れたりすることで、職員みんなが活用しやすいかたちへと改善していきました。前の章で触れた「現場を巻き込み、支え続ける」という姿勢が、まさに実を結んだ事例といえます。
出典:熊本県「障がい福祉分野のICT・ロボット等導入支援事業における導入事例等」(児童発達支援ぷらんた/Cuore ricco の事例)(https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/221943.pdf)
まずは無料で試すことからスタートすることがおすすめ
ここまでIT化の進め方や事例を見てきましたが、それでも「うちの施設に本当に合うのか不安」「いきなりお金をかけるのは怖い」と感じる方もいるでしょう。そんなときは、無料で試せるものから小さく始めてみるのがおすすめです。
自施設に合うか分からないときは、無料で試せるものから小さく始めればいい
IT化でいちばんもったいないのは、合うかどうか分からないまま大きな投資をして、結局使われなくなってしまうことです。それを避けるために、まずはお金をかけずに試せる範囲から手をつけてみましょう。
多くの業務支援ソフトには、一定の期間や機能を無料で試せる「お試し期間」が用意されています。こうした仕組みを使えば、費用をかける前に、実際の操作感や自分たちの業務に合うかどうかを確かめられます。カタログや説明を読むだけでは分からない「使い心地」は、やはり触ってみないと分からないものです。
試す範囲も、最初から欲張る必要はありません。たとえば、いちばん負担に感じている記録業務だけ、あるいは職員間の連絡だけ、といったように、ひとつの業務に絞って試してみる。そこで手応えを感じられたら、少しずつ対象を広げていけばよいのです。この「小さく始める」やり方は、これまでの章でも繰り返しお伝えしてきた、IT化を成功させるコツそのものでもあります。
無料で試した結果、「これは合いそうだ」と感じたら、そこから本格的な導入を検討すればよいですし、補助金を活用して費用を抑えることもできます。逆に「合わなかった」と分かったとしても、お金をかける前であれば損はありません。
完璧な準備が整うのを待つ必要はありません。まずは気になるツールを一つ、無料で触ってみる。その小さな一歩が、施設の業務を変えていく入り口になります。できるところから、気軽に始めてみてください。
